活脳鍼の効果について

鍼灸治療の中に眼鍼というのがあります。中国で行われている技術で、脳卒中などで手、足のきかなくなった人に用いられているそうです。まぶたに鍼をうつもので、眼鍼といっても眼球に鍼をうつわけではありません。大分前のことですが「ある人物」が、脳梗塞で右腕がきかなくなった人に行ったのをみました。鍼をうってから10分〜15分位たった後、鍼を抜いて、「はい!手をあげて!」と声をかけました。すると、本人はほとんど反射的に右うでを…挙げたのです。挙がるとは思っていませんでしたので、まさに驚きです。本人は勿論、私(これを書いている私です)も、あっけにとられたのでした。こういう技術が中国にあるのか…と感心しました。

その後、この「ある人物」は症例を重ね、なぜこうした効果がでるのかを考えました。極めて短時間に効果が出ることから、脳卒中でやられてしまった脳神経が回復するのではなく、やられない神経に働かないようさせる抑制がかかっていると推察したのです。そこで、この抑制が眼鍼でとれるのではと思い、眼鍼治療前と後での脳波に何か変化は出ないかと調べました。

観察された結果は、次のようなものでした。脳波測定から、α波という波成分だけをとりあげ、頭の裏面にその分布の様子を図表化しました(α波マッピング)。図にありますように、Fp2(右側の背外側前頭野に相当します)領域でα波成分の増加があることが示されたのです。この時、被験者である患者さんの左上肢(患側です)では、随意運動(本人の意志で動かす運動)による肘関節の動く範囲が広がったのでした。

α波マッピング
右上にα波の出現が認められます。

筋電図
治療後に振幅が大きくなっています。

            

治療前の安静、覚醒、閉眼状態でのα波マッピングは後頭部優位で通常の健康人で出現するパターンに類似していました。安静、覚醒、閉眼状態では脳活動が低下するためにα波成分が増加するのだとすれば治療後のFp2でのα波成分増加は、この部位での脳活動が低下したことを意味します。では、Fp2の変化と左患肢の運動機能改善との間にはどのようなつながりがあるのでしょうか。

「ある人物」は、既にわかっている脳の各部分の働き、現在行われている或いは開発されたばかりのリハビリテーションの方法と理論などを基に、可能なかぎり合理的な解釈をFp2におけるα波成分増加に対して行ったのです。仮に、この解釈を「高橋の仮説」と名づけます。以下は仮説の内容です。

Fp2の領域は背外側前頭前野と名づけられており、意志の発動、実行するかしないかの判断など、高次の機能を担当するといわれています(当然、骨格筋を動かすかどうかなども含まれます)。この領域に接して位置する運動前野・補足運動野は運動についてのプログラミングを担当し、このプログラムの指示をうけて、一次運動野が活動し、骨格筋が動きます。これが随意運動です。

さて、眼鍼が行われた時の刺激(痛覚)は顔面の感覚を支配する三叉神経を伝わり、脳の中心部にある視床に到達、ここで別の神経にのりかえて感覚担当の領域(感覚領野)に入りますが、感覚領野から運動関連領野(一次運動野+運動前野・補足運動野+前頭前野)へ直接入る神経はありません。ですから鍼刺戟が直接運動関連領野に至ることはありません。にもかかわらずFp2に反応があらわれたということは、この領野と視床との相互連絡ルートといわれる視床の内側核群を経由したと考えられます。

患肢にはリハビリテーション効果があらわれています。リハビリテーション(リハビリ)は失われた機能の回復を目的とします。このための練習が行われますが、直ちに目標レベルに達するわけにはいきません。目標レベルと現時点のレベルの差が少なくなるように修正をくりかえしての反覆練習となります。この際、脳と骨格筋の間に働く制御関係が利用されます。

骨格筋が滑らかに動くには小脳の働きが必要で、この種の動きを獲得するために小脳は学習を行います。大脳から骨格筋に発せられる運動指令(入力)と、その結果である骨格筋の動き(出力)の入出力関係を学習し、その情報をたくわえます。この過程で小脳は先ず「運動指令→骨格筋の動きの軌道」を判断するシステムを形成し、次に、「現在進行中の骨格筋の運動→これに続く次の運動軌道」を予測或は予知して運動中の筋肉に小脳から指令を発するフィードフォアード制御システムをつくりあげるといわれています。この制御系によって運動はすばやく且つスムーズになるわけです。マヒ肢にすばやさとスムーズさをとりもどすには、この制御系を再構成するリハビリが必要であるといわれています。通常のリハビリは、このなめらかさの回復は目的とせず、動作の正確さを目的とし、目標との差分(修正分)を、その都度調整して、修正分を加えた練習を反覆します。これは、フィードバック制御を用いていることになります。さて、健側肢を固定して、患側肢のリハビリを行う方法があります。これは患肢が使えないのは患肢の運動を抑制するように条件づけられた結果(獲得した学習)によるといわれています。従って、この抑制をとりのぞく必要があるという考え方が基本にあります。これをCI療法と呼び、欧米で脚光を浴びるようになりました。

ところで、運動の学習には「動きの学習」と「手続きの学習」があるといわれています。動きの学習は、「大脳皮質―小脳」間で、手続きの学習は、「大脳皮質―基底核(大脳の中心部に位置し、神経細胞集団で形成)間でのやりとりで獲得されるのだそうです。ここで、手続きの学習の際の大脳皮質は運動前野・補足運動野です。運動が行われた結果はこの基底核にも集積され、これが、その個体にとって好都合のものだと評価されると大脳皮質に還されて大脳皮質の認知するところとなるのです。ここに、前頭前野が関与するのでしょうか。前頭前野の背外側野の機能として、意志の発動、実行の判断、複雑な情報の統合、概念の転換、時間的認知などが挙げられています。

運動前野・補足運動野・前頭前野は運動連合野として統合して働きます。行動を活発にし、刺戟に対するいくつかの企画の活性化も行います。この中から最適のものを選択し、指令を発する、これが骨格筋の動きとなってあらわれます。最適としたものがうまく機能しない時は、「注意の抑制システムというものが働き、別のものの選択に移行するのだそうです。

さて、今までのべたことはある人物=高橋、つまり「高橋の仮説」のバックグラウンドです。では、どれを試みてもうまくいかなかった時はどうなるのか。最終的な最適の選択は「動かさない」という選択になる。これが患肢が使えないのは、「運動を抑制するように条件づけられる」に相当するのです。そして、この「動かさない」という結論は、背外側野に統合されると同時に常に活性化していて、「動かさない」ことを前提とした、意志の発動となります。

これが私達が意識することのない「抑制」の条件づけであり、この結果、「学習による肢の不使用状態」が成立する。(仮定その1)

鍼により患肢が動き出した時、脳波ではα波成分の増加が記録されました。それは一次運動野ではなく、運動前野・補足運動野でもなくFp2でおきました。Fp2は背外側前頭前野に相当し「動かさない」という前提が常に活性化していると仮定した領域である。

この前提がなくなれば患肢は動くということになります。つまり、その時α波成分の増加がFp2で認められたということは、この活性化がなくなったことを意味するのです。(仮定その2)

仮定その1、その2から、「眼鍼は背外側前頭前野に組みこまれた「動かさない」という条件を解除する。」という仮説に到りました。

これが高橋の仮説の内容です。フィードフォアード制御、フィードバック制御のいづれを用いるにしても、「学習による不使用状態」はありますので、これが解除できればリハビリの能率があがります。リハビリに眼鍼を組み合わせることが考えられます。現在眼鍼は活脳鍼に進化しています。口元の三叉神経にも刺激を与え、相乗的な効果を得ています。理屈は変わりません。将来高橋の仮説が立証されることを祈る次第です。

高橋龍榮著
横田昌典監修

発行発売 ぶんぶん書房